|
平安時代、元永二年(1119)に鳥羽天皇・待賢門院璋子の第一皇子(顕仁親王)として御降誕の、第75代天皇。
和歌・管弦の道に秀れ、王朝文化の発展に大きく寄与された。「百人一首」の《瀬を早み岩にせかるる滝川の別れても末に逢はむとぞ思ふ》は、あまりにも有名。保元の乱により讃岐国に御配流となり、長寛二年(一一六四)に現地にて崩御された。
「保元物語」「太平記」「雨月物語」などにも天皇をお偲びすることができるほか、「詞花和歌集」や西行法師とのかかわりなど、そのご事蹟は多彩である。 |
|
「日本書紀」を編まれた舎人親王(天武帝皇子)・当麻山背の皇子大炊王として天平五年(七三三)に降誕された第47代の天皇。
藤原仲麻呂を重用して官制改革・租税軽減・窮民救済などの仁政も、弓削道鏡の専横・仲麻呂の乱を契機に、淡路島に御配流となり天平神護元年(七六五)に崩御された。
「万葉集」にはお歌が収録されています。 |