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平安京・文庫

第5回 清明・渡月橋で振り向けば

平安京・文庫「恋する京都」は、地元のノンフィクションライター・田山 真紘さん(ペンネーム)に、京都を舞台に繰り広げられた恋物語をオムニバス形式で綴っていただきます。毎月2回の更新です。感想をお待ちします。
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【バックナンバー】
第4回
春分・そぞろ歩きの花灯路

第3回
絵馬・北野天満宮に梅満開

第2回
立春・ユリカモメ舞う鴨川沿いに

第1回
新春“みかえり”の永観堂

24節気で「清明」と呼ばれ、4月5日頃に当たるとされるこの時期は万物が清く陽気になる。満開の桜が人々を「京都へ、京都へ」と誘う時期でもあり、誰もがウキウキと陽気な気分になる。「昔の人はうまいこと言ったものだわ」と弓子は呟いた。冬が去り、春の香りが漂ってくると確かに心が浮かれてくる。
1年前の渡月橋での出来事があまりに印象深かったこともあり、弓子は今年もこの時期に嵯峨・嵐山にやって来た。雪深い北信濃に住む彼女にとって、ひと足でも早く春の情緒を感じるには京都へ来るのが一番である。ふるさとでは5月にならなければ本格的な春はやってこないからだ。

28歳の誕生日を前に、休日を利用して忙しい仕事の日々を癒そうと、去年は祇王寺、二尊院、常寂光寺など女性に人気の嵯峨野めぐりを楽しんだ弓子。そのあと嵐山に来た。
国の史跡名勝に指定され、古くから歌枕として詠まれてきたその嵐山を望むのが大堰川に架かる渡月橋である。以前からテレビの旅番組や観光写真で見慣れた景観だ。京都観光と言えば「嵐山と渡月橋」が象徴となっている印象が強い。
弓子は15年ぶりにこの橋を渡ろうと計画していた。そして渡月橋には面白い言い伝えがあることも知っていた。

「渡月橋を渡りきるまで後ろを振り向いてはいけません」。これは渡月橋の西にあり、十三詣りで知られる虚空蔵法輪寺に参拝した帰りに、後ろを振り向けば「授かった知恵を返してしまう」という、京都では有名な言い伝えだ。十三詣りは数え歳で十三歳になった子どもの、大人の仲間入りを祝い心身共に健康であるようにと祈り願う習わしである。
弓子の母方の祖母が京都から信州に嫁いでいたこともあって、弓子が小学校を卒業した春に母親に連れられて法輪寺へお詣りしたことを記憶している。母は弓子の手をしっかり握って「この橋を渡り終わるまで、絶対に後ろを振り返ったらダメよ」と言い聞かせた。

それなのに、とんでもない出来事で弓子はその言い伝えを破る羽目になった。渡月橋を渡り切ろうとしていた矢先、「ゆみこ、こっちを向いて」という声の方を反射的に振り向いてしまったのだ。橋の欄干にもたれかかった何処かの綺麗な女性「ゆみこ」さんに、彼と思われる男性がカメラを向けた掛け声だったのだ。
その時の母親の叱り声と落胆ぶりが今も鮮明に蘇る。信州ではそんな言い伝えは知られておらず、ましてや十三詣りを経験した同級生もいないので、友達にこの話をすると随分珍しがられた。今でも親しい友人などは「弓子が時々早とちりして失敗するのは、渡月橋で振り向いたからなのね」と、からかったりする。

15年ぶりの渡月橋は花見の人々でごった返していた。十三詣りの歳ではないが、弓子はあの時の失敗をリセットしたいと法輪寺に参拝したあと、渡月橋を京福電車の嵐山駅に向かっていた。渡り切るまではどんなことがあっても振り向くまいと堅く誓いながら。
「ひょっとして降旗弓子さん?」。雑踏の中に若い男性の声を聞いた。SMAPの中居正広の声に似た低いトーンに、またしても思わず振り向いてしまった。小学校時代の同級生で、クラスのひょうきん者だった小坂君だ。下がり気味の目尻に当時の面影がある。京都の会社に勤めていて、同僚と花見にやってきたのだという。彼は翌日の京都ドライブデートを約束してくれた。

「あれから1年だわ」。彼はその後、会社から派遣され2年間の期限付きでベトナム駐在となった。あと1年余りで帰国したら二人は結婚することになっている。十三詣りの時も、そして去年のあの日も渡月橋を渡っていて振り向いてしまった弓子。あの時振り向かなければ、やがて夫となる幼なじみの小坂君と出逢うこともなかったのだ。
13歳の参拝時には弓子を叱り落胆した母親だったが、去年の出来事を話すと「おっちょこちょいな性格が幸運を射止めたのだね」と、たいそう喜んでくれた。
春真っ盛りの嵐山界隈を堪能し、今年こそはもう振り向くこともあるまいと渡月橋を渡る弓子である。